今朝ゴミ出しに玄関を出るとウチの小さな庭(植込み)に見慣れない植物がいつの間に植わっている。棘があるし葉っぱの感じからバラだろう。
またカミさんが何か植えたのだろうと聞いてみると彼女も何を植えたのか私に訊こうと思ってたらしい。
誰⁇
数軒隣、見事なバラの繁る家に世話好きなおばさんが住んでるんですけど。。。
今朝ゴミ出しに玄関を出るとウチの小さな庭(植込み)に見慣れない植物がいつの間に植わっている。棘があるし葉っぱの感じからバラだろう。
またカミさんが何か植えたのだろうと聞いてみると彼女も何を植えたのか私に訊こうと思ってたらしい。
誰⁇
数軒隣、見事なバラの繁る家に世話好きなおばさんが住んでるんですけど。。。
例年だと大きなホール全部が出展者食堂になるのですが、今年はそこを一般の食堂として使っています。一角が仕切られていて出展者だけが入れるスペースになっています。
ここで毎回コンパニオンのお姉さんの化粧直しやら疲れた顔を見るのがおきまりなのですが、12:15現在、御覧のように私の射程距離内にそゆかたは見当たりません。。っつーかなんでこんなにすいてるの?
石鹸製造のため購入。
薬局にあるがどこにでもあるわけではなく、おいてある薬局の基準もはっきりしない。どこでも500g入りのパッケージなのだが定価はなく、350円なこともあれば680円と言われたこともあった。
買う時には帳面に氏名住所を自署のうえ捺印する必要あり。しかしIDの提出は不要なので三文判さえ買えば偽名で購入可能。
一応毒物及び劇物取締法により劇物指定。なのにこんなに簡単に買えていいのか?そしてこんな記録では何かあった時の購入者追跡は不可能では?
初めて演奏する会場でしたがステージも店も広くて気持ちよく演奏できました。30分だけだったので燃え尽きた感じではなかったですが。初めてGumboを聴かれる方も多かったと思いますが、インパクト以外に(笑)どういう印象をもたれたのでしょうかね。
今回は風太郎さんと京浜ライナーズとのカップリングでしたが、風太郎さんのバックで演奏されてた気になるアーチストが二人いました。一人はギターのヒロキ長谷川さん。繊細で丁寧に、やわらかいギターを弾く人だなあと思いました。そしてもう一人、ベースを弾いていた山口和与さん!
年をとったらこんなベーシストになれたらいいなあ、という私の漠然とした思いを現実化したような方でした。飄々としていて、佇まいがかっこいい。渋めのスーツとシャツ、ネクタイがきれいに決まっていました。所作もきれいな方でした。ミュージシャンでこういう人少ないんですよね。
演奏も、主張しないけどしっかりした音でバンドを支えてて、あまりジャズな曲がなくて残念でしたが、唯一あった4ビートの曲でのランニングベースにはしびれました。特別な音は使っていないのだけれど、何なんだろう、かっこいい。。。一方ソロではアルコを使った早弾き、そして弓をゆるめて倍音出しまくりの早弾き、とおちゃめな一面も披露。しかし表情は全く変わらず。かっこよすぎる。
いつかこんなベースを飄々と弾けるようになりたいなあ。
娘と散歩に行くと彼の前でいつもピタッと動かなくなり、トランペットが欲しい黒人の男の子みたいにショーウィンドーに貼りつかんばかりになっている。
彼がぶら下げている身上書にはこう書いてある。
I'm Mr. tireman.
I'm professional.
そんな素っ頓狂な英語を話すどこの馬の骨かもわからんようなやつにうちの娘はやらんぞ!(笑)
先日電池交換に持っていったら「この品番はもうメーカーがサポートしてないかもしれません」と言われ、一応メーカーに出し万に一つの可能性に賭けてみることにした私の腕時計。
連絡がないなあと思っていたら昨日ビックカメラから電話がかかってきて、まだメーカーが修理を受け付けているのだそうだ。文字盤も針も新品に交換できるんだって。それなりのお値段はするということで連絡をもらったのだけど、この時計は私にとってはPricelessの一生モノだ。当然やってもらう。もう20年はこれで使えるな。よかったよかった。あきらめずに言ってみるもんだね。
p.s. 前の記事を読んで腕っこきの時計屋を教えてくださったBe-Bop様ありがとうございました。有事のときには是非使わせてもらいます。
娘の運動会が終わって三日経つけどまだ膝が痛いです。ま、始まる前から膝が痛いのにリレーで思いっきり走ったりル・マン式スタートの綱引きを都合4回もやったり騎馬戦でガチンコバトルしたりすれば痛くなるわなあ。。
私は昔から団体で何かすることと体をぶつけ合って何かすることが生理的に大嫌いです。だからそれがいっぺんにやってくる運動会は悪夢のようなイベントです。高校生の時も体育祭だけはバックれてたと思います。
大人になってやっと運動会の悪夢から解放されたと思ったのに子供が生まれるとまた親としての運動会が始まってしまいました。ビデオを少し離れた高台から一生懸命撮ったり微妙にバックれたりして競技に出ないように逃げてきたのですが、何年か前からそういう時に息子が私を非常にキラキラした瞳で見ていることに気がつきました。彼はどうやら私に競技に出てほしいらしい。
。。。。。
今年は私のエゴは全て捨て、昼飯に発泡酒のロング缶を飲んでテンションを強引に上げ、痛めている膝もなんのその、親が出る競技にには基本的に全て出場、全力で走ったりぶつかったりしました。最後のリレーでは膝はかなり激痛でしたが、気合で激走しました。彼が私を見ていたかどうかは一生懸命やっていたのでわかりませんが、何か得るものがあってくれればいいなあと思います。私も達成感があって楽しかったです。
かなり自分でも強いと思う私の自我を何も命じることなく私に自ら粉砕させ、私の望む行動と180°違う行動を私にさせうる他者が存在するという事実、これは私にとっても驚きでした。
人間ってすごいなあ。そして私も変われるんだなあ。
サンバカ友達(笑)のブログで紹介されてて面白そうだなと思い、図書館で昨日の夕方借りてきて、そのうち読もうと思っていましたが、寝る前にふと手にとって読み始めたら面白くて台所のスツールに座ったまま一気に読んでしまいました。
お茶って実は一度習おうかなと思ったことが若い頃にありました。美容師さんだった私のばあちゃんはハイカラな人であったと同時にお庭やお茶など伝統的な美にも造詣が深く、家はしっかりした和風建築、庭もきれいに整えられていて打ち水がされている、という趣味人でした。彼女の影響で小学生の頃から庭の本とか日本の古い建築物の図鑑などを見たりしていました。三瀧寺(みたきでら)などにもよく連れて行ってくれました。
私が社会人になって広島に帰りおちゃけばかり飲んでいた頃、彼女が私に向かって、
「あんたはお茶習ったらどうかね?広島には上田宗箇流いう男のお茶もあるけえ」
と言うのでした。そうかなーとも思ったのですがそれ以上考えることはなく、結局茶道ではなく陶芸を始め、飲むのはやはりおちゃけでした。
私は当時陶芸したり仕事よりバンドを一生懸命やっていたり、とかなり趣味人な生活をしていました。そこで彼女は何か感じたのかもしれないですね。この子なら茶道合うかもって。
この本の内容とは関係ない話ばかりになってしまいましたが、この本面白いです。茶道を習うということはどういうことなのか、そこについて詳しく書かれた本です。お手前がうまくなるとかそういう表面的なことではなくて、茶の「道」とは何なのか。それはどうやって学ばれていくのか。何となくお茶を始めた彼女のチャクラがだんだん開いていく様子が自分のことのように追体験できます。これだけ平易な文章で、そんなに長くない本なのに、豊かなお茶の文化を鮮やかに描き出しています。作者の筆力もかなりのものですね。
いわゆる普通の学校の勉強とは全く異なったアプローチで「学ぶ」ことができるのだ、というのが茶道の真骨頂なのかも。
やっぱりお茶始めてみようかなあ。
昼間娘の保育園運動会で綱引きしたりリレーで走ったり体を酷使しました。もうやっている途中から膝が痛かったです。終わってもどんどん痛みはひどくなるのですが、今日はその後飯も食わずスーザフォンを抱えて渋谷に向かい、三時間練習でみっちり吹いてきました。疲れてはいたものの体を既に動かしていたせいか、妙に調子がよかったです。
さらにそのあと扉が開け放たれて246の爆音がダイレクトに聞こえる飲み屋でビールをしっかり飲みました。めちゃめちゃ腹が減っていたのでサバ味噌定食も食べました。
ある委員会の委員になって新しい法律をどうやって作るかという議論に参加してて、今日も霞ヶ関に行きましたが、一言も発言することなく帰ってきました。
私がこういう発言した方がいいかな、という場面はあったのですが、ちょっと業界の独善かなあと逡巡している間にその場面は終わり、あとになって同じ内容の発言が他の人から出てきて、あー言えばよかった、と後悔しきり。
若い頃、アメリカ人大勢と会議をした時のことを思い出しました。解決策を話し合っていて、ある策に大体決まりかけてたんだけど、私だけがその解決策は意味がないことを知っていました。でも日本の若造はそゆ場ではあまり発言しないものだし、敢えて1人で反論する勇気もなく、近くのアメリカ人に「あれじゃダメなんだよね~」などとコソコソ話してました。
すると彼は血相を変えヒソヒソながら毅然とした声で、
「Speak out! (言えよ!)」
と言いました。
結局その場でその意見を言ったかどうだかはもう覚えていませんが、今日も真剣な彼の顔が浮かんできました。
まだ全然道を行えてません。。
しばらく報告されないので耕作放棄地になってしまったのではないかと思っていたそこのアナタ!違います。実は結構勤勉に畑に通って秋蒔きの種をまいたりしております。今朝も朝ゆっくりだったのでスーツ姿のまま春菊を間引いてきました。
現状は写真でご覧の通りです。一番手前の列からルッコラ、春菊、ニンジン、小カブの列です。その後ろには秋ナス、三色のピーマンの木が一本ずつあります。しかし赤ピーマン、黄ピーマンは採れたことがなく、全部緑です。ピーマンの横に近くの人が間引いたレタスを植えてみました。間引いた野菜って食べるには小さいからこういう小さい畑だと捨ててしまいます。なのでもらったりするとかなりラッキーです。
その後ろの列にはいまだたわわに実をつけるトマトが生えています。もう時期ではないので抜いたほうがいいのですが、我が家の需要を丁度満たす程度のミニトマトを供給してくれるので半分はまだ残してあります。その半分抜いたトマトのところに間引いた春菊を植えてあります。こちらも時期をずらして大きくなってくれるといいですな。
こうみるとなんかちゃんとした畑みたいですね。
でも周りの人の畑はもっともっときれいですごいです。高さ2mくらいのマンゴーの木を育てて大きいマンゴーを収穫している人もいます。
腕時計の電池が切れたのでビックカメラに持って行った。
カウンターに出すとおじさんはルーペで裏側の刻印を確認する、という時計屋さんお約束のポーズで「この品番はもうメーカーがサポートしてないかもしれません」とのたまった。
ええっ!確かに手に入れたのは20年前だしクォーツだけど、一応タグホイヤー。こういうのは一生もの、いやいや子孫に受け継がれてゆくものだと思ってたけど。工業製品だからいつかはサポートを終了することは仕方ないことなのだけれど、もう終了かあ。がっかり。夜光塗料が剥げててらあまり光らないから交換してもらおうと思ってたが、サポート終了後は一切修理を受け付けず、電池交換はビックカメラでしかできないので防水などの保証はなくなるのだそうだ。
一応メーカーに出し万に一つの可能性に賭けてみることにしたが、なんだかなあ。クォーツだから早く終わっちゃうのかなあ?それともスイスやドイツに持って行けばまだサポート受けられるのかなあ?
私は一生この時計を使う予定だったのだが、まあどこか壊れるまでまだ電池交換はしてもらえるのだが、暗闇で見えない夜光塗料付き時計ってのも残念だなあ。どなたか妙案をお持ちでないでしょうか。
青山でオシャレなランチをしようということになり、それっぽいカフェに入って「ほほぅ~」と洒落た内装、きれいなおねいさんたち、イカす盛りつけの料理とあちこち感動しながら楽しい時間を過ごす。彼が最近iPod Touchを手に入れたということでおもろいアプリ見せっこをする。iPodだから外では通信できないので私が持ってて彼が入れたいアプリはあとでメールでおしえてあげることにした。
お金払おうと席を立つとPCが何台かおいてありネットが見られるようになっていた。お金を払った後にもしや?と思って二人それぞれ無線LANをONしてみるとセキュリティーなしでサクッと
つながった。。
トボトボと店を出るおじさん二人であった。。
雨の中バスに乗って外を眺める。曇っているけど、東京だけど、大きな空がビルを切り裂いて広がっている。
ふと死んでしまった友達のことを思い出す。彼らが今生きていたらどんなことをしていただろうか。
私にどんな説教をしていただろうか(笑)
彼らに恥ずかしくない生き方を、彼らの分までして、向こうで会った時に彼らを悔しがらせなきゃね。
新書なので一気に読める良書。タイトルからして面白いよね。
今窮地に入り込もうとしている日本の中で、明るい兆しがある地域・会社などを元日経ビジネス、現ビジネスオンラインの記者があちこち取材してまとめた本。一見絶望的な条件にあるエリアが不思議にも元気を取り戻している。今自分の手に入れているものは何か、自分の強みは何か、自分の目指す方向はどこか、それをしっかりと見つめ、そこに愚直に近づくことによって明るい未来を手に入れている人たちがいる。
解決できない問題はないのだなあ、と再認識させられる本。
朝駅に歩く途中、よく会うJoggerがいる。
年の頃は70くらい、頭はほぼ白く身長170cm前後で痩せ型、首をこころもち右側に傾けてかなりゆっくり、ほぼ歩く速度でゆっくりと走っていらっしゃる。淡い色のスーツにネクタイもイヤミのない色をチョイス、小脇には新聞だか昔はやったセカンドバッグを抱え汗一つかくことなく悠然と駅へ足を運ばれる。
普通の人の歩く速度より少しだけ速いのと彼だけ走ってて身体が上下に動くので遠目にも目立つ。今日も追い抜かれたのでずっと後を追尾してみたら駅構内では走らず、電車の席に座るとやおら文庫本を読み始め、周囲と同化してしまった。
彼が趣味はなんですか?と聞かれたらやはり
「毎朝ジョギングして体鍛えてます」
と答えるんだろうなあ。
駅のポスターなどを見て、行ってみたいなーと思っていたのですが、チベット側(ダライ・ラマや亡命政府側)に立ったものではなく、中国側に立った展示会のようです。
ネットで検索すればいろいろブログ等で言及されていますので、ここではダライ・ラマ法王日本代表部事務所から出ている声明を掲載しておきます。
「聖地チベット ~ポタラ宮と天空の至宝~」展に関して日本の皆様へのお願い
2009年9月28日 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
ご承知の通り、日本で「聖地チベット~ポタラ宮と天空の至宝~」と題したチベット展が巡回され、現在、東京・上野で開催中です。チベットに関するいかなる展覧会も歓迎すべきなのですが、残念ながら今回の展覧会は、チベットとその歴史の真の姿を伝えてはいないということをお伝えせねばなりません。
世界中でよく知られているように、1949年に中国共産党軍がチベットに侵攻して以来、平和的で信仰心厚いチベット人たちは、はなはだしい苦しみや虐待にさらされています。その結果、約120万人のチベット人が亡くなり、6千以上の僧院が破壊されました。
この展覧会の展示や文書は、日本国民を欺き、中国政府がチベット文化の善意の保護者であると信じさせるよう、意図的に作られています。実は、真実は逆なのです。チベットでは、今でもチベット人の信教と文化の自由は弾圧され続けています。昨年のチベット動乱がその証拠です。チベットが今日も封鎖されているという事実が、何よりも声高に物語っています。
もし主催者の方々が、この展覧会がチベット人のために行われていると信じるなら、チベットの真の歴史的背景と、ダライ・ラマ法王の亡命の理由、そして世界的問題となっているチベット問題について正しく展示し、呼びかけることで、関心を持つ人々に誤解を与えないようにすべきです。それどころか、中国政府に、チベットの封鎖を解いて本物のチベットを世界に見せるよう促すべきです。
チベットの状況は深刻です。残念なことに、この自由の国で、あるエリートや知識人の方々が、正義のために立ち上がる代わりに、チベットの悲惨な状況に投資を行っているのが見受けられます。
多くの日本のチベット支援グループや個人の方々が、展覧会と主催者に対し様々なデモを行っていることを知りました。皆様の純粋な関心や支援には感謝いたしますが、平和的に活動し、一切の暴力を行わないようお願いいたします。重要なことは、企画者と来場者の方々に、チベットの実情は異なっていることを知っていただき、世界が中国のプロパガンダである展覧会にだまされないようにすべきです。
この自由の国の皆様と報道関係者の皆様には、両者の意見を聞いていただき、真実と正義と人間性を支持していただくよう、お願いいたします。
ありがとうございました。
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
代表:ラクパ・ツォコ
私は見に行かないと思います。
「聖地チベット ~ポタラ宮と天空の至宝~」展に関して日本の皆様へのお願い | ニュース | ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
一時期減っていた体重がまた戻りつつある。この間娘を背負子で背負い軽 い山登り(丘登り)をしたら膝が痛くなりまだ治らない。
これから息子を山登りに連れ出すことが我ら夫婦の重点目標になっている 今、本格的に体重減らさないといかんのだけれど、今夜も満月を眺めつつ飲む ビールがまたうまかったりして困ったもんだ。