2009年4月25日土曜日

Live @ 三鷹 Bayou gate as Rock’n Roll Gumbo with Fats Kaseda & Rockin’ Shoes



いたかは学生時代近所だったのでよく行ったが最近はすっかりご無沙汰だ。その三鷹で初めてライブをした。Bayou Gateという我々にぴったりな名前のライブハウスっつーか飲み屋は北口を出てすぐ、しかし少し目立たない場所にあった。中に入るとあまり広くない、しかし不思議な空間が広がっていた。あとで聞くと元教会だそうで、変な演奏をすると地獄に落ちるらしい(笑)げに恐ろしきところなり。


ハコが小さいので音量をどうセッティングするか悩む。店の人に聞いたり他の楽器の音量に合わせたりしてかなり小さめにしたつもりだったが録音を聴くと私のスーザフォンだけ大きかった。次回の課題だ。


演奏は他メンバーのお供よく聴こえてやりやすかった。しかし初めてのハコで緊張しているのか無難なもので演奏者的には盛り上がりに少し欠けるものだったかも。


我々の次はFats Kaseda & Rockin' Shoes。私が小さい頃に聴いたのかどこかで聴いたことのある隠れた名曲たちを(まずこの選曲でやられる)、いわゆる「音楽」がわかっているメンバーがその楽曲(素材)のオイシさは活かしつつ(ここで二回目やられる)絶妙なアレンジを加えていなたく料理する。(これで三回目やられる。もうどうにでもしてー)私も観客もかなりメロメロ。Fatsさんのテポドンを乱射するようなMCも面白いし、メンバー紹介などショーの構成としてうまくできているなあとカンジダ、もとい感じた。


ライブ後もKasedaさんやベースのTicoさんと話して大いに盛り上がる。こういうライブはいいなあ。何回でもしたい。あっという間に終電の時間になってしまって急いで帰るが、後ろ髪(ないけど)を引かれる思いで三鷹を後にしたのであった。





2009年4月21日火曜日

携帯壊れた。



かなり使えた私のスマートフォンX01HT、使いすぎて臨界を迎えたのか、何日か前から液晶が真っ白に発光しはじめ、懐中電灯にしか使えない状況になってしまった。


ソフトリセット(再起動)やハードリセット(工場出荷時に戻す)を行っても治らない。ううむ、修理しようにも6月には買い替えできるわいと思って安く修理できるオプションを外したばかりだ。。


古い携帯を引っ張り出してきて使っている。


電話機の代金を2年間の分割払いにしておいて、2年もたない電話機を売っててはいかんのではないのか?なあ孫くん。





2009年4月17日金曜日

オラの畑 Vol. 2



今朝は雨かなと思ったがまだ天気がもってたのでいそいそと畑に行って堆肥ひと袋(約18kg)を投入。どうも配分がうまくいかず最後はほとんど堆肥なしで土をひっくり返してならしただけだったがまあこれで準備完了。しばらく堆肥が土と馴染むのを待って植付けだ。今日は畑の中から半分化石化した移植ごてが出土した。買わなきゃと思ってたのでかなりラッキー。


畑の中を踏まないよう畦からヘッピリ腰で鍬を振るっていると気の弱い石原慎太郎風なおじさんがやってくる。


「私こっちだからよろしく」


と畦を隔てて反対側の畑を指さして言う。私初めてなのでいろいろ教えてください、と丁寧に挨拶する。私のヘッピリ腰が気に入らないらしく


「汚れるの気にしないで畑の中に入ってやったほうがいいよ。その方が男らしい。」と。


やぱ石原慎太郎だ。


「堆肥もいいけど石灰はまいたの?」


「どうして石灰がいるんですか?」


「酸性雨とかあるだろ?あれで土が酸性になってるんだ。野菜はアルカリ性の土じゃないとうまく育たないから石灰をまいてアルカリ性にするんだ。」


無農薬+無耕転栽培を志向する私にとって堆肥以外のもの、石灰をまくことは全く眼中にない。しかしそういう理由なのか。なるほどね。まかないのだが店の場所を聞いたり慎太郎ちゃんに話を合わせる。彼は饒舌になり


「申し込みしたときに野菜の育て方のしおりもらっただろ?あれだけちゃんと読めば大丈夫だ、苗なんかはここのホームセンターで買うと安いぞ」とアドバイスしてくれる。


無農薬菜園の本二冊買って読んでるし苗は農協で仕入れてるぜ、と心の中でつぶやき、相槌をうちながら鍬を振るう。彼はいつのまにかいなくなり、畑もなんとか堆肥と混ざって平らになった。


帰りにごみ捨て場に堆肥の袋を捨てるが私が買ったのと同じ袋があちこちに捨てられていた。ホームセンターでさんざん悩んだ末にこの堆肥を購入した私の選択は Right choice だったのね、と我が意を得たり、意気揚揚と畑をあとにする。早く雨降れ。





2009年4月16日木曜日

答えられない質問



夜に1人皿を洗っているとふと頭の中に湧いてきて、でもそれについて考えはじめると実は答えられない簡単な質問。



「あなたは何のために生きているのか」


20代の自分であれば「女、酒、バイク、そして音楽」と胸を張って答えられた。胸を張ることでもないのだが(笑)


カミさんに問うてみると「生きるために生きている」という。ううむ、しかしそれも真理だ。


彼女とケンケンガクガクしばらく議論して、私の現在のところのこの問いに対する回答は



「子供たちに1人で自活できるだけの力をつけてもらい、人生のパートナーと我々の元を巣立ってもらうために、今を生きている」


に落ち着いた。


こう考えると今の自分の状況に新しい光があたりはじめる。





2009年4月15日水曜日

携帯電話



景気の悪化に伴い私が会社から持たされてた携帯電話の契約が打ち切られ、今日から通話できなくなった。


残念だ、という気持ち半分、これで私を縛る鎖からまたひとつ解き放たれた、と安堵する気持ちが半分。


なくなった携帯電話の重さ以上にかばんが軽く感じられる帰り道だった。





2009年4月14日火曜日

広島人としての矜持



最近これが自分の中で少なくなってきてるなあと思います。


もう広島を出て12年、広島の人間関係よりも東京の人間関係のほうが多くなってきました。


最近は帰省したいなーという感覚もあまりないし。実際帰省する間隔もあいてきています。


広島はいい所です。広島弁が通じるし、お好み焼といえばちゃんと広島風が出てくるし、道路はすいているし車で走るのにいい道が市内から30分も走ればたくさんあるし、実はスキーもできるし夏は泳げるし。そして私が生まれて18まで育った街だし。


でも自分が東京人だなあ、という気持ちもないんですよね。なんだかどこにも属さない感じ。家族には属している、という実感があって、これがあるからこれ以上のコミュニティーに関わってなくてもよいのかもしれません。これからも家族を連れてあちこちさすらうんでしょうね。先祖海賊だし(笑)


♪さ~すらぁ~うぉ~おお~ こ~のぉ~せかいじゅう~おぉ~♪ (© 奥田民生)


しかし、願わくばその流浪の終着駅は広島であってほしい、という気持ちはあります。





家にいます。



月曜火曜と子供が熱を出してしまって私が家にいて様子をみています。土曜日のライブの感想も書きたいんだけどなんだかまとまらなくて。


昨日は散歩に行きたがる子供と昼ごはんのパンを買いに行ったら農協(JA)の直売所で地元の野菜の苗やらJA印の枝豆の種やら購入できてラッキーだなあと思ったのですが、それを植える時間もなく、なんだかバタバタしております。週末に畑に撒こうと思っていた堆肥もまだ原チャリのキャリアにくくりつけられたままです。